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夏の訪問者
2008.08.01 Friday
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私はアパートの5階に住んでいる。
エレベーターが無いので階段の上り下りが大変だ。
からだ一つでも重くてしょうがないのに、買出しの荷物を両手に目いっぱいぶら下げて階段を上るときなど気が遠くなる。
3階辺りを上る頃しみじみと思う、10キロ痩せるとこの荷物が無くなるよりの身軽になるんだぁ・・・。
しかしそんな思いも部屋に着くと同時に忘れ、買ってきたアイスをまさぐる。
住み始めて8回目の夏になるが、クーラーが欲しいと思ったことは一度も無い。
全部屋の窓とふすまを開けているといい風が通るのだが、時々その風と一緒に思わぬのもが飛び込んでくることがある。
特に夏、まさに今頃である。
窓を開けているといっても10〜15センチくらいなのだが、引っ越したばかりの夏の夕方、夕食の支度をしていると突然すずめくらいの小鳥が飛び込んできた。
セミはひと夏に数回、一昨年と昨年は2年連続でコウモリが、そして一番驚いたのが、ハト。
コウモリは音も無く羽ばたくので、誰もいない部屋から入って来るとしばらく気付かない。
さて、寝ようかと寝室に向かうとキッチンの暗闇で黒い影が空中を横切る。
からだを硬直させ、恐る恐る電気をつけて見るとコウモリだった。
動きが早く捕まえる術も無いので、朝になったら出て行ってねとお願いして窓を広めに開けてそのまま就寝した。
翌朝、畳の上に点々とする小さな黒い糞を見つけ、ホントに居たんだとあらためて思った。
ちなみに昨年のこうもりは二日間部屋にいた。
窓を全開にしているにも拘らず、出口がわからないのか?
目がよく見えないから、窓が開いているのに気がつかないのかも?
結局その後コウモリに出口を知らせようと奮闘し、ようやく窓から出て行ってくれたのが3時間後だった。
ある朝、寝ぼけ眼でふすまの開いている部屋の前を横切ったとき、違和感を覚えた。
なんかいた!開いたふすまのところまで戻って見ると、畳の上にものすごいなで肩の小さな物体。
一瞬テレビなどで芸能人が「妖精を見た」とか「小さなおじさんを見た」という言葉を思い出し「ついに私も」と少し興奮を覚えた。
音を立てずに眼鏡を取りにいき、再びその『なで肩』を凝視するとなんとハトだった。
私に対して背を向けていたのでシルエットが『鳩サブレー』のような鳥型でなく、なで肩の物体に見えたのだ。
『小さなおじさん』でなかったことに少々がっかりしたが、部屋の中をバタバタ飛び回る前に何とかせねばと考えた。
ハトは10cmくらい開けていたサンルーフの窓から入り、更に部屋に入ってきたようだ。
小鳥やコウモリの経験があるので、興奮し飛び回られるのだけは避けたい。
まだ、サンルーフと畳の部屋の境目辺りにいたので、何とかサンルーフへ戻るようにしなければ・・・。
興奮させないようにそっと近付いてみる。
小鳥のように人間を怖がらない。
白地に黒いぶちがあり、一部の羽がカールした見たことのない種類のハトだった。
足を見ると輪がついていた。
伝書鳩かレースバトだろうか。
勇気を出してハトをサンルーフへ追いやる。
それでもあまり興奮した様子は無く、羽ばたかない。
サンルーフの窓は床上4〜50cmのところだから、少し羽ばたいてくれないと出られないよ〜。
恐る恐るハトを脅かしてみた。
するとようやくバタバタと羽ばたいて、窓の狭い隙間から上手に飛び出していった。
ハトの目が良くてよかった。
それにしても朝の5時、まだぼんやりした光の中、畳の上でたたずむハトの後姿は忘れられない。
ハトだと分かった途端、追い出すことばかり考えたが、今思うとあのハトは来たくてここまで飛んで来たのだろうか。
いつも人間に無理やり飛ばされ、「おれ、何やってんだろ」なんてハトなりに考えようとして、我が家のサンルーフの窓が目に入ったのかもしれない。
部屋に飛び込んだハトを見て是非考えて欲しいことがある、という上からのメッセージだったのかもしれない。
だとしたら、まさに伝書鳩。
今年の夏は今のところ何も飛び込んで来ていない。
追い出すことばかり考えず、少しはその意味を考える心の余裕を持とう。
- Posted by: 店長 | - | 12:24 | comments(0) | trackbacks(0)
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言うは易し行うは難し
2008.07.02 Wednesday
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私の場合、頭で理解していてもその状況に立たせられるとそれが全く実践できないことの一つに『子供を叱る時は感情でなく理性的に』というのがある。
子供を叱る時、私の『理性の糸』は蜘蛛の糸程の抵抗も無く切れてしまうのである。
そして、ガミガミ叱るだけ叱った後「また誘いに乗ってしまった」と後悔する。
この世は学びの場というが、私と子供も生まれてくる前、互いに話し合ってこの世で必要なことを学ぶためそれぞれの立場を決めたのだと思う。
―生まれる前の会話―
私 「今までいろいろ経験積んだし、大切なこともたくさん学んだからかなり霊性の向上ができていると思うんだぁ。」
子 「じゃ、試してみる?よかったら協力するよ。」
私 「ホント〜。サンキュ〜。」
という事で私が母役になるために二十数年早くこの世に生まれ出でた。
ところが私の行いをあの世から見ていた子は、とんでもない事を引受けてしまったと後悔したに違いない。
ある本に『この世に来ることに抵抗がある魂は難産になることがある』というような内容が書いてあった。
息子は予定日より2週間以上遅れた末、吸引され、まさにこの世に引きずり出されるように生まれてきた。
上記の本を読みながら、私のような母親の元に生まれた息子はまさにそれだなと思った。
大変な役を引受けてくれてありがとう。(T_T)
普段は、子供が私を怒らせるような言動をするのは私がちゃんと学びができているか自分を犠牲にして試してくれているのだ。とか、
子供は神様からの預かり物、大きな愛で見守ろう。なんて・・・。
しかし、いざそうなると何もかも吹っ飛んでしまう私。
そのたびに「へこたれるな私!今の私はさっきまでの私とは違う!」とはげます。
息子にはただ感謝の念を送るしかない。
寝顔を見ていると姿勢を正し手を合わせたくなる。
今日もお店の入り口にしつこく巣を張る蜘蛛を見て心に誓ったのである。
払われても払われても翌日には巣を張る蜘蛛のように、私も何があっても切れることのない理性の糸をしっかりと張ろう。
- Posted by: 店長 | - | 11:32 | comments(0) | trackbacks(0)
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北京オリンピックに向けて・・・
2008.06.28 Saturday
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最近北京オリンピックに向けての予選結果をテレビ番組で目にする機会が多く、予選突破できて涙する選手達を観ると本当に感動する。
アスリートと呼ばれる人たちでも自分の才能を向上させ、継続させるのは並大抵のことではないと思う。
だからこそ観戦する側にも感動の涙が伝わる。
私はそれを見るたびにいてもたってもいられない気持ちになる。
今からオリンピックを目指そうというわけではないが、私ももっと一日々を精一杯生きなければと思うのである。
スポーツだけがその方法ではないので、私は私の生活の中で自分を少しでも高めることができたらと思った。
まず一番に頭に浮かんだことは、30年も痩せたいと思い続けているにも拘らずダイエットで満足する結果を出したことが無いということ。
大体ひと月もすると嫌になってしまう。
思うような結果が出ない、と言って続かない。
続けないから思うような結果が出ないのに。
そこで、私もオリンピックに向けて努力する選手のごとく、北京に向けてダイエットを始めた。
自分の体調や生活を考え無茶なダイエットはできないので、あくまでも継続できる方法で。
それでも私にとっては北京オリンピックまでの一日々々を『自分に克』日々にしなければいけない。
北京オリンピック開催日には、ぜひとも体重計の上でうれし涙を流したいものである。
そうすればこのオリンピックは例年になく熱くなれそうだ。
- Posted by: 店長 | - | 17:01 | comments(0) | trackbacks(0)
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オーガニックのチカラ
2008.06.13 Friday
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7、8年前マクロビオテックの本を読んだのをきっかけに本来の製造方法に拘った調味料やオーガニック食品を時々購入するようになった。
食全般をそのようにできたらいいのだけれど、我が家の収支のバランスや私を含め家族の食への煩悩が『完全オーガニック生活』受け入れ態勢になっていない。
最終的には価値観の問題なので少しずつではあるが自分の納得したのもからオーガニックへ移行している。
一番初めにオーガニックに変えたのはお米。
米どころ新潟に住んではいるけれど、東北から九州まで、各地のいろいろな品種を試してみた。
無農薬のお米といっても土地や栽培方法によって違いがあった。
私が一番気になったのは『ふたを開けたときの香り』。
あま〜いトウモロコシのような香りもあれば、肥料というか春先の田んぼの匂いがかすかに混じっているようなお米もあった。
次に変えたのは味噌、醤油をはじめとする調味料。
特にお醤油は衝撃的だった。
料理への情熱がいまひとつ足りないせいか、何を作っても味がいまいちなのだ。
肉じゃがだって料理本を見ながら作っているにも拘らず納得できる味になったことがなかった。
それが自然食品店で購入したお醤油を使ってみたら今までと全く味が違う。
焼き魚にかけるとその違いは子供でもわかった。
まさかと思い、同じ物を買って実家の母に使ってもらい気のせいでないことを確認した。
そしてつい最近、オーガニックケチャップで衝撃を受けた。
オーガニックケチャップを買うようになって3〜4年経つが、私自身ケチャップをあまり使わないので、正直味の違いは大して無いと思っていた。
買い物時の財布の中身によってオーガニックだったり、本日限定なんていうポップを見たとたん、大手メーカーのケチャップに手が伸びたり、または展示棚最下段のマイナーメーカーのものだったり。
ある日料理本で見た『ツナとおからのカレー風味餃子』を作った。
そのままでも十分美味しかったのだがケチャップを付けていただく、とあったので忠実に従うことにした。
ケチャップとカレー風味が絶妙でとても美味しかった。
一週間後同じものを作りわくわくしながら口に運ぶ。
何か違う、先週のような感動が無い。
家族も同様。
餃子だけを食べてみたら先週と同じ、それなりに美味しいのに。
感動の差はケチャップ?
考えてみたら先週はオーガニックケチャップ。
今回はお給料日前に買った普通のケチャップ。
わずかに残っていたオーガニックケチャップと普通のケチャップを食べ比べてみた。
オーガニックケチャップの甘みや香りが餃子の味を引き立てていた。
同じ労力を使って料理を作っても、大さじ1〜2杯の調味料でこんなに違うなんて。
調味料選びの大切さとオーガニックのチカラを同時に再確認した我が家の食卓であった。
- Posted by: 店長 | - | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0)
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予想外の幸せ
2008.05.17 Saturday
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子供を生んでからというもの、私の唯一のリラックスタイムは美容院だ。
シャンプーの仕上にしてもらう頭皮マッサージと首から肩にかけてのマッサージが至福の時である。
想像していた以上にマッサージがうまかったりすると、それはそれは幸せな気分になれる。
おおげさと思われるかもしれないが、人に何かをして頂くということがあまりない私にとって、人に何かしてもらう(人が私のためにしてくれる)ことがとても嬉しい。
それが予想外のことだったりすると更に幸せを感じてしまう。
例えば仕事で立寄ったところでお茶を出され、予想外のお菓子を品のいいお皿でお一つどうぞと勧められたとき。
一人暮らしのお年寄りのお家にお邪魔したとき、予想外の綺麗なカップ&ソーサーにインスタントコーヒーを入れてくれ、お盆に載せてゆっくりとした足取りで運んでこられたとき。
夏の午後、仕事中予想外のアイスクリームの差し入れ。
思いついた例えが全て食べ物に関することだったので、ひょっとしたら食べ物に感動していたのか?と不安は残るが、私のためにありがとうと思うとほんわかとした幸せの波動に包まれる。
- Posted by: 店長 | - | 16:25 | comments(0) | trackbacks(0)
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